マーストリヒト(Maastricht)[歴史散策]オランダ南端の町で中世にタイムトリップ

こんにちは。なかしま です。

マーストリヒトを日帰りで観光してきました。歴史をを誇るバジリカ「聖母教会」と「聖セルファース教会」は、ロマネスク様式の教会堂(中世のたたずまい)です。13世紀から遺る南のシティゲート「地獄の門」と、絵画のようなマース川の夕焼けも見どころです。

現地滞在は7-8時間。昼食&夕食も現地で済ませました。

海の星マリア様って?聖セルファースはいつのひと?バジリカってつまり?町を歩くと知りたくなることたくさん。帰宅してからも調べました。

思い出保存と情報共有を兼ねて旅行記を綴ります。

適宜、読み飛ばしてくださいね。

本編…汎用的な情報 | …歴史のこぼれ話 | …個人的な感想文 | …行き方や公式サイトの案内

概要

地図

旅した国と地域

国:オランダ
地方 / 州:リンブルフ州
市町村:マーストリヒト

聖母教会[Basiliek Van Onze Lieve Vrouw]

マーストリヒトの聖母教会は、ローマカトリックの教会堂でロマネスク様式が特徴の建物です。

入り口は西側にあります。平らな壁が高くそびえているので目立ちます。両サイドに建つ塔には壁を補強する役割もあります。この入り口は11世紀の建築で、現存する中で最も古い部分です。

海の星マリアの像は入り口近くの礼拝堂に

多くの人が「海の星マリアの像」を見るために、この教会を訪れます。回廊と北の側廊に面したゴシック様式の礼拝堂に、木製のマリア像が安置されています。

「海の星マリアの像」は15世紀に作られ、もとはフランシスコ男子修道院にあったそうです。19世紀はじめに、この教会に隣接していた聖ニコラウス教会に移されました。

まもなくその聖ニコラウス教会は閉鎖され、「海の星マリア像」を引き継いだこの教会が「聖母教会」として再出発しました。

この聖母教会の名称には「star of the sea(海の星)」という副題がついています。

歴史:海の星って?

「海の星」は「聖母マリア」の別名のようなものです。中世初期の頃から、聖母マリアは「海の星」とも呼ばれていました。

なぜ「海の星」なのでしょう?

それは「筆写ミスによるもの」と考えられています。もともとヘブライ語で表記されていた「マリア」という名前が、幾度かの筆写ミスを経て「海の星」となったという説が一般的です。

語源:Miryam (מרים) マリア
筆写ミス:mar-yam (מר-ים) 一滴の海
筆写ミスの翻訳:stilla maris 一滴の海
翻訳の筆写ミス:stella maris 海の星

「海の星」は、この聖母教会に限定された肩書ではなく、マリア様を奉るカトリック教会では広く使われている一般的な名称です。

参考:Our Lady, Star of the Sea

徹底したロマネスク様式

この教会の建築的な特徴は「かなり徹底したロマネスク様式」とのことです。ロマネスク様式は中世初期(およそ6世紀~11世紀)の建築様式です。

西側と翼廊は、ロマネスク様式の中でもとくに「モサン様式」と呼ばれる建築様式です。モサン様式とはオランダやベルギーなど、マース川流域で見られる建築様式の特徴だそうです。

歴史:ロマネスク様式の復元

建築様式はロマネスク以降、ゴシック、ルネサンス、バロック、ネオゴシック…などが続きます。この教会堂も、時代ごとの流行様式で手が加えられました。

しかし19世紀にこの教会堂の修復を請け負った有名な建築家は「徹底したロマネスク様式の復元」を行いました。たとえばゴシック様式の大きな窓を、ロマネスク様式の小さな窓に変えるほどの徹底ぶりです。

このため聖母教会は、限りなく中世初期に近い雰囲気を感じることができるユニークな教会になりました。内部は薄暗く神秘的です。

「ロマネスク様式の復元」をテーマにして行われた修復ですが、時代ごとの遺産もちゃんと遺しているとのこと。たとえば14世紀の壁画が遺されていたり、一部の天井はルネサンス様式で修復されています。

旅行インフォメーション

聖母教会
Basiliek Van Onze Lieve Vrouw

Onze Lieve Vrouweplein 7, 6211 HD Maastrichthttps://goo.gl/map...VR5MGaHzc8
公式ウェブサイトhttp://www.sterre-der-zee.nl/   

地獄の門[helpoort]

マーストリヒトの「地獄の門」は、オランダ国内に現存する市門の中で最も古い門です。

古くは土塀が建てられていましたが、最初の「レンガ造り」の市壁が13世紀に建造されました。この門はその時に造られた南門です。

市壁は6~8メートルの高さがあり、13の市門と2つの水門が設けられていました。

市壁と市門の大部分は19世紀末に解体されますが、この「地獄の門」は遺されました。1947年から「マーストリヒト要塞都市財団」が管理しています。

なぜ「地獄」の門?

歴史:なぜ「地獄」の門?

この門が「地獄の門」と呼ばれ始めたのは18世紀以降です。「地獄の門」はオランダ語で「Helpoort」と書きますが、近くにあった「Helle huis」に由来すると考えられています。

「Helle huis」は「地獄の家」という意味かと思います。鍛冶屋やパン屋によくある名前だったそうです。かまどで火を使うからでしょうか。

あるいはまた、この市門が弾薬庫として使われた歴史も「地獄の門」の名称に反映されているのかもしれない、とのことです。

参考:Helpoort (Maastricht)

ペスト病患者を隔離・収容した施設?

地獄の門を出ると、やや東の正面に「ペストハウス」と呼ばれる建物を見つけることができます。俗に「ペスト病患者を隔離・収容した施設」と言われていますが、実は誤っているとのこと。

実際に、そのような施設が近くにありましたが、この建物ではないのだそうです。誤って「ペストハウス」と呼ばれているこの建物は、かつて製紙工場でした。

参考:Pesthuys

旅行インフォメーション

地獄の門
helpoort

Sint Bernardusstraat 24b, 6211 HL Maastrichthttps://goo.gl/map...mDSKznWXp6
公式ウェブサイトhttps://www.vestin...tricht.nl/  

聖セルファース教会[Basiliek Van St. Servaas]

聖セルファース教会もローマカトリック系の教会堂です。

4世紀末に、マーストリヒトの最初の司教セルファースが亡くなり埋葬されました。その場所に木造の礼拝堂が建てられたのが始まりです。オランダに現存する教会堂の中で最古の教会であるといわれています。後に石で造り変えられました。

現在の教会堂は大部分がロマネスク様式で建てられていて、中央祭壇の外観は先の聖母教会とよく似ています。

内部は博物館になっており、宝物も展示されています。

オランダに現存する最も古い教会堂

現存する最も古い部分は地下室で、6世紀築とのことです。ほかの主要部分は11世紀~15世紀に建てられました。

19世紀末から20世紀初頭にかけての修復は、聖母教会の修復にあたったのと同じ建築家 Pierre Cuypers が監督しました。

聖人セルファースってだれ?

聖人セルファースは、アルメニア出身の伝道師です。生年は不詳ですが、没年は384年と伝えられています。ローマ帝国で内輪もめが激しくなる頃です。

教会で販売されているリーフレットによれば、セルファースはトンゲレン(現・ベルギー)の司教の後継者だったそうです。しかしゲルマン人に追われてマーストリヒトに居をかまえた、と書かれています。

マーストリヒトで最初の司教となった聖セルファースは、亡くなると集落の外に埋葬されました。現在この教会が建っている場所です。この地には、はじめに木造の小さな礼拝堂が建ちました。570年頃に石造で建て替えられ、7世紀に拡張されて巡礼教会になりました。

余談:チャーチ、カテドラル、バジリカってなにが違う?

歴史:チャーチ、カテドラル、バジリカってなにが違う?

「バジリカ」は、建築用語だったり宗教用語だったりして、文脈によって意味が変わります。キリスト教会の用語としては、ローマカトリック系で用いられます。

まず「チャーチ(教会堂)」と「カテドラル(大聖堂)」について整理しておきます。ローマカトリック系では、小教区に建つのがチャーチ、複数の小教区を包含した司教区に建つのが大聖堂です。大聖堂のほうが地位が高いです。

そして「バジリカ」ですが、こうしたヒエラルキーとは別物です。「バジリカ」とはローマ教皇によって与えられる「栄誉のようなもの」です、語弊があるかもしれませんが。

この栄誉は、チャーチ(教会)かカテドラル(大聖堂)かに関わらず与えられます。この栄誉によって上下関係が覆ることはありません。

「バジリカ」には2種類あります。「バジリカ=メジャー」と「バジリカ=マイナー」です。

バジリカメジャーは4つしかありません。すべてローマにあります

※サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂、サン・ピエトロ寺院、サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂、サンタ・マリーア・マッジョーレ教会の4つです。

バジリカマイナーは、世界中に約1,757あります(2017年時点)。そのうちの2つがマーストリヒトの聖母教会聖セルファース教会です。これらはいずれも小教区の教会であり、かつバジリカでもあるのです。

「バジリカマイナー」の栄誉は、どんな場合に与えられるのでしょう。What’s the Difference Between a Church, Chapel, Cathedral, and Basilica? | What’s the Differenceによれば、「歴史的・神秘的・建築的な意義が高い」場合に与えられるとのことです。

「バジリカ」を見つけたら、そのような価値が高いのだなと心得て見学できます。

旅行インフォメーション

聖セルファース教会
Basiliek Van St. Servaas

Keizer Karelplein 3, 6211 TC Maastrichthttps://goo.gl/map...1ai3ymf5AA
公式ウェブサイトhttp://www.sintservaas.nl/  

ミッフィ専門店[de winkel van nijntje]

ミッフィー専門店に立ち寄って、お友達へのお土産を購入しました。

わりとあちこちで見かける気がするミッフィーグッズだけど、実は専門店があるのはアムステルダムとマーストリヒトの2都市のみです。

アムステルダム店は観光地から少し外れたところ(ベアトリクス公園の近く)にあるようですが、マーストリヒト店は旧市街からとても近かったです。ちなみにミッフィー博物館はユトレヒトにあります。

⇒2022年7月追記:マーストリヒトのミッフィー専門店が閉店しました。

旅行インフォメーション

ミッフィ専門店(!)閉店
de winkel van nijntje

Kesselskade 51, 6211 EN Maastrichthttps://goo.gl/map...MLZMniNED7

マーストリヒトの店舗は閉店してしまいました。アムステルダムの店舗は営業しています。

アムステルダムのミッフィ専門店
Scheldestraat 61, 1078 GH Amsterdamhttps://goo.gl/map...w2yrW5bqG6
公式ウェブサイトhttp://www.dewinke...ijntje.nl/  

聖セルファース橋[Sint-Servaasbrug]

聖セルファース橋から東岸の眺め

聖セルファース橋はマース川に架かる橋です。駅と旧市街を往来するときに通ります。夕日の射す時間帯に、西から東へ渡ると17世紀の絵画のような情景が見れます。夕日が東岸の古い町並みをオレンジ色に照らし、川面に映します。

橋の全長は160メートル、幅は9メートル。7つのアーチに支えられています。

旅行インフォメーション

聖セルファース橋
Sint-Servaasbrug

Maastrichthttps://goo.gl/map...9V698iQEf8   

本日の行程

2019年10月土曜日 天気:くもり時々晴 気温:寒い

時刻内容
09:05 - 11:30アムステルダム駅(Maastricht)
[鉄道]NS Intercity
マーストリヒト駅(Amsterdam Centraal)
[昼食]
19:01 - 21:25マーストリヒト駅(Maastricht)
[鉄道]NS Intercity
アムステルダム駅(Amsterdam Centraal)

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